念願かなって三度目の正直・七種三山縦走  七種薬師(薬師ノ峰)〜七種山〜七種槍
播磨 地図(山崎・龍野)
T:野外活動センタ〜奥山〜七種槍〜七種山 2001年09月15日
U:金剛城寺〜七種薬師(薬師ノ峰)〜七種山〜七種槍〜奥山 山行日 2001年11月10日
ふるさと兵庫の50山 (七種山)
関西の100山 (七種山)
校歌・故郷の山 : 
高岡小朝日に映える七種山 山のこだまが呼びかわす・・
七種槍の尾根:鎖場から七種山を望む 2001年11月10日

お話・ 七種山の川人<七種山>  塩売り戻し <七種薬師>
播磨風土記の「七具佐山」で、古くは滋岡(しげおか)山・ななぐさ山ともよばれ山頂には、つなぎ岩・笠岩・金剛岩の奇岩や 巨岩があり七種の滝(72m)は県指定(名勝)文化財になっており県観光100選に選ばれた人気スポット


T 野外活動センタ〜奥山(393m)〜七種槍(577m)〜七種山(683m)〜七種滝  H13.09.15

七種山に登るたびに気になる山が二つあります。 東へ延びる稜線上に尖鋒や岩尾根を連ねる七種槍と西に大きな黒い山容を見せる七種薬師七種三山を七種池のキャンプ場・青少年野外センターからグルリと三山廻りしようと 思い立ったが前回(H11.12.4)は雪中で七種薬師への稜線ルートを外して失敗しています。七種滝 西方の 589ピーク付近の地形が複雑な為、雪道でもあり失敗したが敗因の一つはルートが稜線通しではなく、西よりの山腹を捲く境界線通しが正解…(^^ゞ前回は道路の路肩工事中で新西国:金剛城寺の駐車場から 歩きましたが、七種山とは深い関わりの寺です。
奥山付近から 雨に煙る七種槍(右奥)へ向う…

何時もの[青少年野外センター]駐車場からです(AM10:30)。センター前の赤い屋根越しに七種槍へ続く稜線上には並び起立する露岩が見え隠れしています。 この稜線は福崎と夢前の町界尾根で展望に恵まれて岩稜歩きの楽しいコースですが今日は一寸様子が異なります。キャンプ場の中を横切り、奥のトイレ前から道標に沿って丸木の階段を登ります。 夏の間も余り歩かれなかったのか雑木や雑草の水滴が身体や足元を濡らします。稜線へも潅木の中のガレ状の踏み跡を辿ります。稜線への分岐判り辛いかもしれませんね(AM10:45)。 (七種池から望む稜上の鉄塔を目指してください)分岐点から約5分で稜線に出ると直ぐに露岩への登りで鎖場となり、此れを抜けて岩の上に立つと 展望が拡がります。金取岩の肩の先に目指す七種槍や、その先に続く七種山も対峙する薬師の姿も雨に霞んで山頂を望めません。福崎町側や笠形山付近の明るい空が羨ましく感じます。

ポツリときた 雨だったが、急に音たてて降り出してきました。ご丁寧に風までオマケです。雨具の裾をはみ出していたシャツも汗を流してくれたのかぐっしょり濡れてしまい両手で固く搾り出して元の鞘に収めます。 足元の岩を水が伝って流れ始めます。毎週のように沢歩きしていましたが今日は、そんなつもり等さらさら無く稜上の七種三山トレースですが、再挑戦せざるを得ません。行くも戻るも雨の中。岩場を降るのなら 少し長い行程ですが七種山まで縦走して雨で水量を増す七種滝の勇壮な姿を見たいものだと希望して進むことにしてます。 金取岩(AM11:00)から10分程でコース脇の4等三角点奥山(393m AM11:10) 先のピークから小滝新道側へ??の細い踏み跡が有りますので注意です。縦走コースは「野外センターへ」の赤テープ表示を進んでください。

雨は強く降り続いています。 どこかで大雨洪水注意報が出ているかと思うほどです。稜線の岩場で滝登りとは? 此処まで来れば一安心?の七草槍山頂です(4等三角点 577m AM11:50)。此処も兵庫登山会の山名板の先から続く道は テープ類は有りますが、神崎側の振子川上流へ鹿除けネット沿いに急下降する道ですので注意です方向は同じ様ですが縦走コースは元に戻って七種槍の西を捲くように 下っていきます(PM12:30)。槍からの下りでは、 それほど感じなかったのに登りにかかると登山道は水が流れ出し谷登り同然の歩きを強要されます。今度は登りつめた稜線から左へ急カーブします(PM1:10)。 直進も良さそうな道ですが本ルートはテープ 類が数本あります。正面へ下っていく濡れた山道に入りやすそうなので注意です。七種山と薬師へ延びる稜線分岐には 登山会の案内板があり薬師側への稜上には大柿氏のプレートも残っていました。これから薬師へ…(^^ゞこれから行こうと思えば行けそうですが薬師山頂からどうするかは決め兼ねています。 薬師からは踏み跡も見つからなければ藪を突いてでも田口側へ降りる予定でしたが本日は中止とします。

誰もいない七種山山頂(683m PM12:50)からは、つなぎ岩へ降りてみたり、 笠岩等周辺を廻ってみたいところですが只雨の中を黙々と下り続けるだけです。下山コースの道筋は水の流れる谷になっています。七種滝の落口に近づくと懐かしくも最近聞いた事も無い轟音が響いています。 七種神社で濡れたものを片付けながら(PM1:20)、久しく水量乏しかった七種滝の晴れ姿を轟音とともに見惚れています。私も長い間、この滝は枯れ滝かと思うほどの、みすぼらしい姿しか覚えていないので ・・・(^^ゞ 七種神社からは弁慶のノコギリ岩や苔むした石積みや旧金剛城寺山門を見ながらマンジュシャゲの咲く野辺の道を野外センタへ戻ってきます。 いっこうに止む気配も無い雨の空を無常とも思い帰路につきます(PM2:50)。


U  金剛城寺〜七種薬師(薬師ノ峰)〜七種山〜七種槍〜奥山〜野外活動センタ H13.11.10

前回(H13.9.15  コースTを参照)は激しい雨のため中止した七種山塊の三山縦走を、今度は逆に板坂峠から七種薬師経由で辿る事で完遂しました。七種薬師の山名は兵庫の登山家・多田氏の命名で旧来・薬師ノ峰と呼ばれていたとのこと。早朝の出発したが吉川付近では 暗雲の中、絶えず稲光と激しい雨さえフロントガラスを叩きつける生憎の天気。しかし段々天気持ち直すとの予報を信じて福崎町へ入ります。金剛城寺前(田口バス停 AM6:15)から高岡へ戻り、関西の花の寺 ・應聖寺の看板を看て板坂の集落へ入ります(AM6:35)。
板坂峠〜南尾根から七種薬師

近道は途中福xx電気田口工場の看板から右折して七種川に掛かる赤い橋梁を渡ればいいんですが高岡の分岐の案内板を確認の為、此処まで戻って板坂峠に向います。 板坂集落内の花の寺は沙羅の花で有名な古刹・應聖寺前を過ぎて直進しますがもちの木園(養護施設!?)の建物から先道は無さそうです。 右下の畦道のような道は30m程先の貯水池の堤防で行き止まりのようで仕方が無いので行ってみます(AM6:45)。右方向に林道が見えたので水枯れの貯水池堤防を横切って舗装林道を貯水池に沿って進みます。
七種薬師山頂の石仏(薬師如来像)

舗装が切れても林道は進みますが、 何時の間にか背より高い笹藪に入って行きますが良く踏み固められた前之庄とを結ぶ古い道で板坂峠(AM7:00)には数体の石仏も祀ってありました。切り通しの峠は前之庄へ下っていきますが登山道は 右手に赤い三角プレート案内板の有る踏み跡を辿って直ぐに359mピークから来る道と合流して右折(少しくだり気味 )すると展望良好の岩稜に出ます(AM7:10)。今辿ってきた板坂集落と貯水池が、振り返れば堂々の薬師の峰と岩壁群が並ぶ鎌尾根が望めます。伝説の「塩売り戻し」の岩は何処にあるんでしょう。話では前之庄から夢前川に 沿って歩いています。川沿いの何処かにあるんでしょうね。
七種薬師からの鎌尾根 ジゴク

覆い被さってくるような垂直の切り立った岩場に恐れ慄いた心境は分かりますが、河原原川との分岐辺りだったでしょうか?。 前之庄から七種薬師への修験道だったか?。通いなれた板坂峠からも考えられますが一寸遠くてきつい。この岩壁群の鎌尾根西側に突き上げる谷沿いに登ってくれば鎌尾根への分岐ピーク(十字峰)の尾根に出ますが、 此処は十字路になっていて前之庄の三枝草から登ってくる道があるようです。此処から薬師像を祀る山頂は直ぐですから昔人の取った谷沿いの道としては確立濃厚と想われます。しかし薬師ノ峰の如来像の正面に登ってくる 細い踏み跡が有り、このルートの方がもっと確立濃厚のようです。 !!397mピークから七種薬師への稜線は幾つかの展望尾根とシダ類や雑木に道が覆われた歩き辛いところも有りますが鎌尾根や明神山の整った美しい姿が、そして七種槍が最も尖鋒を空に向けている姿も此処からは望めますが残念ながら樹木の間からで 写真映りが良くありません。…風が突然その咆哮を荒げてくると山頂が近いことを知らせてくれる。
低山を従え堂々そそり立つ明神山の威容

石の祠が見えたかと想うと、其処が第一目標の薬師ノ峰(七種薬師)(3?等三角点616m AM8:20)でした。祠の中には両手で薬壺を抱くように如来像が一体。 なんの変哲もない?山頂に立った感慨は無いが東面に七種槍と七種山、七種山頂左少し下に七種神社と七種滝も認められる。山頂から少し北へ下った岩場が絶好の展望休憩所です。播磨の低山を圧倒して威風堂々と天の向かって、 そそり立ち小槍を伴う槍ヶ岳の姿を彷彿とさせます。明神山(播磨富士)に見惚れ、鎌尾根に驚愕して暫し時を忘れます。 しかし気は抜けません。此の先4〜50mは有ろうかと想われる西に切れ落ちた大岩壁の上を通過します。岩場の端によって覗き込むと鍋底から一気に岩を突き上げている様子はカールそのものです。雑木藪でなければ、 これまた素晴らしい圏谷美が見られる所です。此処から下り続けて大岩壁群(ジゴク)への鎌尾根分岐の十字峰の尾根(AM8:35)に出ますが、ヌタバもある雑木藪は迷いやすそうで進行方向には注意が必要です。
七種山頂のつなぎ岩真上から岩盤の底を覗く

途中一箇所だけ(ジゴク)の鎌尾根岩壁群の全貌を眺められる箇所が あります。七種神社と滝を正面に眺められるポイントからは紆余曲折の難解な尾根コースですが テープ類に助けられて辿れます。 積雪時にルート失敗した要因の589mピークは西に捲くように??走る境界尾根の見誤りで、その折に引き返した場所に来て、ああ!!こっちだったのかと植林の中の山道に出て悔しい思いです。岩場の分岐鞍部には大柿氏 プレートも有り右手に谷を下る分岐は七種滝上から太鼓橋へ続く滝見の散策道に出ます。「山であそぼっ」島田さんが、 この薬師尾根縦走始発のポイントでも有りました(AM9:25)。展望の無い(七種山頂部が見える箇所有り)尾根を20分も辿れば七種槍への分岐(AM9:40)に出て5分程で七種山山頂(683m AM9:50)です。
 薬師ノ峰(七種薬師)から七種槍

七種山頂のつなぎ岩は絶好の展望台です。弘法大師が、 この岩の上で護摩の秘伝を修練されたと伝えられ高さ15m・幅5m岩の節理に添った削離が途中で止まり底部で岩盤に繋がる奇観を呈しています。足下に拡がる緑の山肌を錦糸・黄金で織成す絶妙の紅秋の裾模様は 七種槍へと続く稜線も同様に着飾っています。分岐へ戻り七種槍へ向います。2ヶ月前の雨の山行は谷歩き状態だった尾根の急坂も今日は下り、 しかも落葉の絨毯を踏みしめて…ただ時折、頭上を風が咆哮し、 紅葉も谷間で波のように揺らいでいます。朝の雨も嘘のようにスッカリと晴れ渡って北の空へも青空が広がっています。林道小滝線へ下る分岐鞍部(AM10:15)を過ぎ槍への登りでは、やはり山頂近くなると風が強く吹き荒れ、 木々が大きく揺れ出します。最後の急登を抜けて七種槍山頂(4等三角点 577m AM10:40)。展望を楽しむのは、此れより続く岩稜ですので早々に出発します。登山コース脇の4等三角点奥山(393m AM10:10)を過ぎると 直ぐに大きな岩頭に着きます。金取岩(AM10:20)で西には大きな山容の薬師ノ峰、七種三山の主峰・七種山を望みます。金取岩ピーク付近を最後に明神岳の勇姿も姿は隠れてしまいます。此処から送電線鉄塔を抜けるまで、 わずかの間ではありますが岩尾根のワクワクルートが続きます。振り返れば七種槍が見送り続けていますが、 岩尾根を通しての眺めの良さは弁舌に例えようもない素晴らしさです。 鎖場を過ぎると、何時もなら此処から下るのですが今回は案内標にしたがってトコトン歩き、送電線鉄塔下(AM11:30)を通って稜線を辿り野外活動センタに 下る尾根端へ達します。
笠岩のある前衛方の奥に七種山の尖鋒が見える
 
此処から七種三山を見ることが出来ます。縦走完遂の喜びをソッと自分の胸に閉まって七種池畔に降り立ちます(AM11:45)。青く澄んだ湖面が紅秋の山肌を映しこんでいます。静かに泳ぐ白鳥がアクセントで、 何とも穏やかな風景が拡がります。福崎町野外活動センター側から林道に出て金剛城寺に戻ってきて(AM12:10)無事の帰還を本堂にお参りして報告します。本堂前の三角板碑仏(重文:地蔵菩薩像)も、 錫杖を抱いて静かに休んでいるようでした。未だ昼を少し廻ったところですので、もう一座、置塩城址付近の山城でも登ってみようと夢前町へ車を走らせます。


七種山金剛城寺 真言宗 本尊・十一面観世音菩薩

七種山へ向うバス終点(田中)登山口にある金剛城寺は新西国30番の観音霊場・播磨西国第12番で 推古天皇の時代<5年(597)>に高麗の僧・慧潅が七種山中に建立したのが始まりといい、元は慈岡寺と呼ばれ修行僧・慈岡川人 (シゲオカ カワニン)の伝承があり仙人ではなく川人の話が伝わっています。ご詠歌に"金剛の教えの城の みめぐみに つゆ滋岡や 七ぐさの里 "とあり、山中にあった寺は慶応4年(1868)3月の神仏分離令が強行され廃仏棄稀の法難で寺領は国家に没収・伽藍は破壊されようとした為、檀・信徒は阿弥陀堂、 地蔵院等を現在の地(田口)へ移築してご本尊を安置しました。
石造地蔵菩薩像(重文) S51.4.1指定

応永6年(1399)2月の刻銘があり福崎町内で最古の在銘石仏で高さ121cm,幅96cm,厚さ15cmの三角状の石英粗面岩に彫られた菩薩像(三角板碑仏)(福崎町No.8 案内板による)

應聖寺<沙羅の寺>  播州薬師霊場第13番
 白雉年間・法道仙人開基と伝えられ文永2年(1255)祐運大徳により中興され、赤松氏の祈願所として発展してきた應聖寺には江戸時代に造園された県指定名勝の 應聖寺庭園がありカエデ類が多いのでこの時期には参詣に訪れる人も多いと思われます。樹齢100年を越す沙羅の木があり初夏には見事な純白の花を咲かせます。


由緒・民話 七種山の川人 (? 仙人ではなく川人!!)にもらった七草の種(福崎町)

「播磨鑑(かがみ)」に滋岡川人(しげおかかわにん)の伝承があります。むかしこの滝川の水上、滋岡山(七種 山の古名)に川人という老修行僧が住んでいました。仙人は山深い森の中、高い山の洞窟とか人気離れた 水上の谷間に住んでするのが通り相場ですが、仙人といっても、 「川の人」と書く川人のむかし話です。 「こんなに日照りが続いては、さっぱりじゃ。なんとか雨が欲しいもんだ。 春から育てた作物が干上がってしまう」「それどころじゃねえ。来年に持ち越す、米や大豆の種も獲れんじゃないか」雨の無いこと100日余り、谷あいの農民はすっかり弱ってしまいました。
久々に轟音響かせる 七種滝 H13.09.15

そして、とうとうその年は秋になっても米は獲れず、 作物という作物はすっかり枯果ててしまいました。その年の秋も終りの頃です。一人の農民が山へ薪(しば)を刈に行ったとき、「おやっ?」と耳をすましました。「あれは何の音じゃ」遠くに聞こえる音をたよりに行ってみると、 そこには滝があり、音は滝の水の流れでした。下には滝壷もあり手の切れるような冷たい水です。100日余りも雨が無かったのに、この滝は如何したことか…農民は水にひかれるように滝を登っていきました。 なかなか水の源へ辿り付けませんでしたが何時間か後にやっとたどり着き、またもやビックリしました。
「おまえは何処から来たのじゃ」まさしく人間の声に農民は逃げ腰になりましたが「逃げなくてもよい。聞くところによると、 この下の村は水不足で毎日の養いの米の種まで獲れなんだそうじゃのう。 わしは他の仙人と違うて、この谷川にいる川人じゃ…」「米も大豆も小豆も、秋に蒔く作物の種もすっかり…」「獲れなかったのじゃろう。 かわいそうに」といって川人は近くの大きな杉の根っこを掘って一袋の包みを取り出してきました。
「そら、これを持って帰れ、この中に種が有る」といってその袋を農民に与えました。 礼を言って顔をあげた農民の前には、もう川人の姿はありません。
村に帰って袋を開けてみますと、春と秋に蒔く米・ひえ・大豆・小豆(あずき)・麦・粟・きびという 七つの種が入っていました。農民達は喜んでこの種を分けて田や畑に蒔きました。不思議なことに、この袋からは取っても取っても尽きることなしに種が出てきたということです。




由緒・民話 塩売り戻し(夢前町)
七種薬師(薬師ノ峰 616m)の岩場の話!

夏の暑い日、塩売りが天秤棒をしわらせながら前之庄諏訪から夢前川に沿って「塩え〜 塩え〜 塩はいらんかな 〜」と北へ北へとあがって行きました。夢前川はいつものように澄み切った水が岩床の上を滑るように流れてとても涼しそうに見えます。ことにこの辺は川底に小砂一つ無い岩盤で水の流れでつるつるに磨かれ、 所々に浅い穴が出来たりして景色の良いところです。塩売りは重い荷物を道端に下ろし、川に入って顔を洗ったり足を冷やしたりしていました。

気持がよくなったのでお昼の握り飯を食べていましたがその時、 山から枕ほどの石がゴロゴロと転げ落ちて塩売りの横をかすめて川の中へどぶんと落ちました。「おおこわ〜、寸でのことで死ぬとこだった」といいながら上を見上げてまた大驚き。普通の家の10倍も20倍もの大岩が頭の上へ覆い被さるようになって、 今にも転げ落ちそうになっています。
この辺の山は岩山で、それでなくてもゴツゴツした山肌の気持の悪い山です。塩売りは恐ろしくなって弁当の始末もそこそこににして、荷物を担いで急いで前之庄諏訪まで逃げ戻ります。
そこで、 そのことを話しましたが「あの大岩は太古からああして大地から突き出ている岩で転げ落ちたりするかいな」といって笑います。それでも塩売りは恐ろしかったのでしょうか。それ以来一度も来た事がありません。それ以来、 この岩を「塩売り戻し」というようになりました。
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